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登天ポールの「自殺反対、いじめ撲滅」キャンペーン全国行脚 

POSTED DATE : 2021年12月31日

今年もありがとマウンテン

今年も残り十二時間を切りました。

2021年、皆様にとってどんな年であったでしょうか?

今年の象徴する漢字1文字で表すなら僕は「命」です。

理由は2つあって、コロナ禍が続く中、全国的な自殺者が増加して多くの命が失われたことと私の父と祖母の命が亡くなったからです。

一つ目の自殺増加は特に若者たちの自殺が昨年より100人以上増加したことは大変ショックでした。

中でも今年3月に北海道旭川市内の公園で凍った状態で発見された当時中学2年生の廣瀬爽彩さんの命は未だ悲しみの中です。同じ学校の生徒から橋から川へ飛び込みを強制されたり、わいせつな画像の拡散等、残酷ないじめにあったのに、未だ学校や教育委員会側の大きな進展が見られません。

こういったいじめ事件が起こるたび、なぜいじめた側が今も普通に暮らせているのかが僕は不思議でなりません。

この話は話せはキリないのでますが、一刻も早く日本はいじめが起こった後の新対応システムを作るべきだと思います。

二つ目は約一年前の12月20日。久々に74歳の父から電話がかかってきて、すい臓がんになったとのこと。

すでにステージ4でして、今年の4月にあっという間に亡くなってしまいました。

コロナ禍で、お葬式にも出席できなかったのですが、父が旅立ってからよく思うことがあります。

それは父の正義感が僕の人権活動にも生かされているんだということです。

父の職業は19歳の時からずっと警察官でした。

まじめにしろ、普通にしろ、人に迷惑をかけるな、

ずっと厳しかった父でした。

学生の時、それが嫌で、時には反発し、ケンカをしたこともありました。

しかし、父は困っている誰かをほっとけない性格でした。

小さいころ、覚えている出来事があります。

神戸から石川県へ車で帰省中、大雪が降り、雪道でちょっとした上り坂を登れなかった車がありました。

そのまま通り過ぎていかずにその車の前に停車し、吹雪の外へ飛び出して行きました。

僕は車中から、父が一緒になって車の後部を一生懸命に押している姿を見て、正直父を素晴らしいと思ったのではなく、渋滞でみんな疲れていたので、『こんな雪の中、わざわざ出て行かなくてもいいのに』と子供心に思っていました。

しかしその車が雪道から抜け出すことができ、ようやく車に戻って来た父は何も言わずに運転を再開しました。

その父の後ろ姿はなんだがかっこよかったのを覚えています。

そんな父がいない実家に今来ていて、母と兄とともに静かに過ごしています。

向こうの扉から「いつ帰ってきたんや」と聞こえてきそうな気がしますが、

改めて命っていうのは無限ではなく、有限なんだと気付かされた2021年でもありました。

来年も父の正義感ととともに、いじめ撲滅、自殺反対活動も頑張っていきたいとおもいますので、

今後もよろしくお願いします。

ではよいお年を。

いつも心にマウンテン

POSTED DATE : 2021年10月19日

2021年10月13日/自殺した児童数過去最多

NHK7のニュース。

今年はコロナ禍もあり、自殺した児童生徒数が415人となり、過去最多となった。

毎日どこかの学校で1人以上の青少年たちが、自ら命を絶っている計算になる。

残念ながらそのほとんどがニュースになっていないけど、その背景には、学校内でのいじめや家族内での問題があると僕は思う。

これからの日本を背負う子ども達が、希望を持てずに死んでいるという、この悲しい現実を、今一度皆様に、自分の家族のことのように考えてくれたら嬉しい。

一人の小学生が死を選んだ背景を、その夜の家族の悲しみを、その友達の切なさを、その多くの涙、これからも続く憂鬱な日々を、、、想像して、一瞬でも小さな命が亡くなった悲しみを、感じ、同じ気持ちになってほしいんだ。

他の遠い国で戦争で死んでしまった子どもたちの悲劇と同じように、今銃を持たないこの国で、僕たちの町で起こっている悲劇を。

 

僕らは

あなたが死にたいと思うほどの悲しみや絶望を、分かり合えることはできない。


でも僕らは
あなたが生きたいと思うほどの喜びや感動を、一緒になって探すことはできる。

僕らは

あなたと真正面から向き合いたい。といつも願っているし、

その温かい想いは誰の心の中にもある。

 

今悩んでいるあなたへ

少しの勇気を持ってください。

周りの大人たちに伝えるという勇気を。

 

POSTED DATE : 2021年10月9日

2021年10月8日 大阪府/豊中市立豊島小学校

大阪府北部にある豊中市立豊島小学校6年生での出前講座45分です。(豊中市では子どもの権利を守る子ども健やか育み条例があります。登天ポールは出前講座の講師として選ばれています)

担当の先生から、コロナ禍で楽しい修学旅行や学校行事が縮小、変更になる中、クラスメイトとの交流が減っていると聞きました。授業に変わり、勉強ばかりになってしまい、子ども達の学校生活への充実度が減ってきていると聞きました。

そういったことを踏まえて、コロナ禍での友達関係、絆づくりをどうしていくのかを歌、ギターの弾き語りを交えて伝えました。

最後にマザーテレサハウスでボランティアをした時の話をしました。

当時マザーテレサが生存していた時に、共に働いていた日本人シスターがいました。彼女は毎週金曜日に日本人向けにミサをしていました。その時に伝えてくれた言葉は今でもはっきりと覚えています。

「マザーテレサは言いました。

『愛の反対は無関心』だと。

苦しんでいる人の中でも最も苦しんでいる人に愛の手を差し伸べてあげて下さい。

そして日本に帰ったら、

日本でのカルカッタを見つけて下さい。」

POSTED DATE : 2021年3月9日

とりとめのない話をいくつか。

2021年もあっという間に3月に入り、コロナの中、人々は二度目の春を迎えます。暖かくなるにつれ、気持ちも前向きになり、この難局を乗り越えようと思う、自然と力強い感情が湧き出てくるのが人間の良さだと思います。いや、僕だけかもしれませんが。

僕の身内事ですが、父から昨年12月に突然電話があり、すい臓がんステージ4とのことを告げられました。あんなに元気だった父、警察官だった父の威厳に満ちた父の声が心なしか弱弱しく聞こえました。74才なので寿命とはまだ早いですが、ひとつの命と向き合いたいと思います。

東日本大震災から明後日で10年目を迎えます。ニュースの報道で当時の映像を見ると、昨日のことのように、あの時の感情が蘇ります。当時石川能登でCATVのニュースキャスターをしていて、2か月後、わずかばかりでしたが、友人や町民に募った義援金と穴水小学生から集まったランドセルを届けに大槌町立吉里吉里小学校へ行きました。

 あれから10年、犠牲となられた全ての方々に対し追悼の意を表します。また家族、親せき、友人等の関係者の方々のこの10年間の思いを考えると、想像を絶するほどの心の変化、葛藤があったと思います。できることならば一人でも多くの人々へその貴重な経験を伝えていってほしいと思います。

東京オリンピックが無事に開催されそうな流れですが、コロナがまだ収まらないこんな時期にやる意味があるのか等、いろいろな意見がある中、僕は開催されればとても明るい話題になると思っています。

コロナ続く中で不安の中での練習、時にモチベーションが保てずに心折れそうになることもあったことと思います。そんなオリンピック選手の頑張りが、必ず僕たちを勇気づけてくれると思います。

コロナウィルスに勝つ方法は僕たちの免疫力です。

ワクチンがあればもちろんですが、なくたって、僕たちの元気、笑顔、人間力でコロナウィルスを打ち負かしてやりましょう!

コロナ自殺者が増えているニュースを目にします。特に若者が増加しており、女性が多く自殺しているとのことです。これからの日本を背負う若者たちが、命を捨ててしまうニュースはとてもやるせない思いです。悩んでいる君へ、どうか気持ちを楽にして、思い詰めないでほしい。どんなことがあっても、あなたが生きてさえいれば、僕は嬉しい。

今は僕は勇気が出て、ちょっと笑顔になれそうな、元気な歌を作っています。

これまで学校講演で歌う人権の歌の作曲が多かったけど、コロナで小中学校へのいじめ撲滅講演活動ができないこともあり、夢だった登天ポールのアルバム制作に挑んでいます。

代表曲、幸せの山へ登っていこう「マウンテンソング」を始め、手を伸ばせば必ずチャンスはある「チャンチャンチャンス」や「LAST STONE」等の従来の楽曲から、現在制作中の「夢飛行機」「people power」「輝けジャパン~忍忍人~」「思いやりの音~カマカマリンリンチュッリュッチュ~」「RUN」などをまとめて出来たらいいなと思っています。編曲者は電子音の使い手、マウンテンソングを手掛けた高木さんにお願いしてやってもらえたら幸せです。キラキラポップ系のパワーチューンで、ユーモアな歌詞とユニークなダンス?でみんなを元気づけることができたらアロットオブハッピーです。

POSTED DATE : 2021年2月14日

福島・宮城で震度6強

東北の皆さん、大丈夫でしょうか?

津波の心配はないとのことですが、夜深い23時頃の大きな地震、

停電の地域もあり、大変不安の中だとは思いますが、どうか心を強く持って、

命を守ってください。被害が大きくないことを祈っています。

POSTED DATE : 2021年1月17日

阪神淡路大震災26年目を迎えて

19歳の時、こたつの下に隠れて助かったこの命です。

生かされた命として、震災を知らない、1人でも多くの青少年に、

命のたいせつさ、助け合う絆を伝えていこうと思います。

被災され亡くなった6414人の方々、遺族の皆様方に心より哀悼の誠を捧げます。